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2008年04月22日

光母子殺人事件が投げかけたもの

主文後回しだから死刑が求刑されると思ってテレビを見ていたら、やはり死刑が求刑されました。
ここ数年に亘って争われているこの事件は、06年6月に最高裁が広島高裁の二審判決に対し「無期懲役の量刑は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」と原判決を破棄し、審理を広島高裁に差し戻していました。今日その判決が下されたのです。

光市事件の遺族である本村洋さん(32)は事件に遭うまで普通の市民でした。しかし、この事件後12年1月には「全国犯罪被害者の会(あすの会)」を立ち上げ、その後犯罪被害者のために世論や司法まで動かしえた彼の言動は非常に立派だと思います。

「加害者に死刑を科すことが私の目的のように報道されますけれども、それは違います。私は、刑罰とは手段だと思っています。目的は、安全で平和な社会を築くことです」「自らの死を突きつけられた恐怖が、内省を深めていく契機になると信じています。そこから真に反省した人間の言葉に、私たち社会が学ぶものがあると思っています」という彼の言葉は、今後の日本の司法制度のあり方を問い直す原点があると思いました。
2人以上殺さないと死刑にならないという判例主義と慣例主義から抜け出せずにいる、そんな司法判決のあり方で良いのでしょうか。
彼が言うように刑事事件におけるそれぞれの個別性を充分に審議した上でこそ刑罰は科されるべきで、その事件の内実を明らかにすることにより刑罰は再発の防止に寄与するべきです。

現在、日本の刑罰の極刑は死刑です。無期だと刑期が軽減されて出てきます。私は終身刑を設けるべきだと思います。経済効率(誤解を恐れずこの表現を使いましたが)から言えば死刑なんでしょうが、冤罪って言う場合は死刑だと取り返しがつかない事になります。
私は「死刑台のメロディ」や大島渚監督の「絞死刑」という映画を観た若い頃は、死刑は国家による殺人だと考える死刑廃止論者でした。その頃は、犯人の自由を奪い一生拘束する事がいいという終身刑が適法だという考えでした。でも今は違います。法が公正公平にさえ運用される成熟した法治国家であるなら死刑があってもいいと思うからです。人の生命を奪った人間は、その理由に情状酌量の余地が無ければ死を持って償うのは当然だと思います。それ位生命の意味は重いはずです。物欲・性欲など色んな自己の欲望を満たすために、人を殺めた者は社会復帰して欲しくないと思います。その事を思い知らせるに足りる刑は必要です。

光母子殺人事件の犯人は、明らかにその罪を死刑で償うべきだと思います。
被害者の心情を考えず主義主張をこの裁判に持ち込んだ安田好弘弁護士一派の弁護士団には強い憤りを覚える1人です

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この記事へのコメント
私も今回の判決は当然だとおもいます。

それにしても、あの弁護団、

「三人)寄れば文殊の知恵」と言いますが、

あれだけ弁護士が集まると常人には理解出来ない主張が

出来るんですね。

儀式だとか、蝶々結びとか、なに考えてんだ・・
Posted by 焼きプリン at 2008年04月22日 19:24
私も時々、死刑について考える事がありますが
その時その時によってかなりアバウトな答えが出ます。
ただね・・・今回の判決を見ていた某作家が、
「殺人を犯したときは未成年だった、しかし今は
大人になったからと言って、見方を覆すような事があっては
絶対ならないのだ」
そう言っていたのを聴いて、弁護士ばかりではなく
ワケワカメな輩はいるものだと思いました。

頭の使い方、どーなってんのかね?
そう思います。

どうせ弁護士なんて・・・金稼ぎのためでしょ?
弱い人間のためとか、そんな事考えてないんでしょ?
自分の利益なら人の痛みなんて考えないのよ。

私はそれを経験しました。
Posted by あつこ。 at 2008年04月23日 09:11
 

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