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2007年10月28日

許されない隠蔽体質

薬害肝炎、当時の不備認める
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007102700323

大阪での裁判の判決結果が出た後、和解の方向に動き出したら出てきた資料。
本当にどうして資料を入手時に公表しなかったのだろう。
それは何も厚労省の体質に限ったことではない。自らが認可したフィブリノゲンが薬害を引き起こしたとなれば、それを認めれば誰かが責任を取らなければいけなくなる。責任を取ることを極度に嫌うのがそもそも日本の官僚の体質である。その為都合の悪いことは隠してしまう。

しかし、事は人の生死に関係する内容であり、それを守る立場の省庁がこの体たらくである。いやこれは既に犯罪である。民間企業がミスや嘘を隠蔽すればどうなるのか。企業はその信用を失墜して潰れてしまう。
比内地鶏や赤福餅だってそうではないか。既に雪印だって不二家だってそうではなかったか。でもこの問題はそれらよりもっと深刻である。

薬害エイズの時以上に情報が開示されていれば、死なずにすみ病気をくい止められた人も多かっただけに、その罪は重い。どうしてこの資料を実務的に処理し隠蔽した人達を全て公表し責任を追及しないのだろうか。しかも、国の責任を問うて起こされた裁判に対してすら、この資料の存在を隠蔽していた。「不作為の行為」ではすまされない「不作為という作為」ではないか。

守るべき国民の生命より、自らの保身と天下りなどで関係が強かった製薬会社を守ることを優先させたと言うことが本音ではないだろうか。
更に真相を解明し糾弾されなければいけないと思います。
みなさんはどう思いますか。  

Posted by kaze1 at 19:01Comments(2)TrackBack(0)政治

2007年10月28日

知ってますか

自衛隊の中で隊員が洗面器を買わされる
その洗面器が2千円もする

洗面器だけじゃないのですよ
隊員の日常品や衣料品まで独占販売です
一体これって何なの
意外に知られていない業者との癒着構造
特定の業者だけが入っているわけですから
癒着はないという方がおかしいと思います


それに米軍に対する「思いやり予算」って知ってますか
いつまで思いやりなのよ
もうすぐ期限が来るらしいから
もうやめて国民に思いやりを示して欲しい
基礎年金部分が足りなくて消費税を引き上げるなんて言わずに
アメリカにノーって言って下さいね福田さん  

Posted by kaze1 at 17:56Comments(0)TrackBack(0)政治

2007年10月08日

へそパンって食べたことありますか 














昔、小学生の頃よく食べたパンが「へそパン・あんパン・メロンパン・イチゴジャムパン」
どれも牛乳と相性が良くて、牛乳飲みながら食べるのが最高でした。
この歳になってからは、あまり菓子パンは食べなくなりましたが、ふと懐かしくなる時があります。
年寄りのノスタルジアと言うやつなのかも知れませんね。
中でも長い間食べたことがなくて、最近ふと思い出したのが「へそパン」です。
なぜか数日前にふと思い出したのです。
みなさんは知っていますか?
凄く説明するのが難しいパンです。まず形は山型。
ちょっとおっぱい型で真ん中がはじけてます。
色はらくだ色ではじけたところがミルク色。
味はって言うとこれがとっても難しくてマドレーヌからミルク味を抜き取って重層の味が微かにするって・・・こんな事書いたら美味しそうじゃなくなる(^^;)
でもなぜか記憶に残る味なんです。
それにちょっとフワフワじゃない堅めの食感でした。
そう言えば「へそパン」って今でも売ってるんだろうか・・・。
凄く興味がわきました。
その明くる日、会社の同僚や先輩に「へそパンって知ってます・・」って聞いたんですが、みんな知りません。
なんでぇ~って思ってウチの奥さんに聞くと知っていました。ひとまずホッとして「売ってる?」って聞くと「偶に売ってる・・」との返答。昨日買ってきてくれ久しぶりに食べました。
でも商品名は「甘食」で昔食べたのよりずっとふわぁふわぁ感があって、ちょっと違うんだなぁッて感じですが味はそのままでした。
懐かしい少年の頃の味でした。。。  

Posted by kaze1 at 15:31Comments(1)TrackBack(0)食べ物

2007年10月08日

ある夢の出来事

歩喜人さんの日記を読ませて頂き思い出したことがありました。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=582841619&owner_id=6507406

随分以前のことです。1970年代の中頃だったかも知れません。
私はある夢を見ました。それは今でも鮮明に覚えているのです。

その夢というのは、大学のキャンパスを学生が逃げまどっているのです。その光景は丁度1960年代後半頃に見られた日本の大学のキャンパスにおける光景と酷似していました。でもヘルメットはかぶっていません。
何かに終われて逃げているのです。私もなぜかその中にいました。
そして逃げていく彼らのその先に機動隊がいたのです。それを見てここが何処であるのかを知りました。その格好が韓国の機動隊だったからです。そこは韓国のキャンパスだったのです。

私は夢から覚めた時、なぜこんな夢を見たんだろうとしばらく不思議な感覚に捕らわれたことを覚えています。その頃の韓国は、日本とは違って学生運動など起こることも考えられないような状況だったと記憶しています。一部には日本の新左翼の活動家が潜入していたというような話は耳にしたことがありますが、とても社会現象と成るような時代ではなかったように思います。当時の韓国は国家統制が厳しく、まだ南北の緊張もあり完全に軍事国家から脱却できずにいたように思います。 ですから余計にその夢は信じがたい出来事でしたし、日本では学生運動がもう既に下火になっていた頃でしたから僕が夢で見た理由も分かりませんでした。

それから数年して1979年10月26日 朴大統領暗殺後、1980年5月14日 軍事政治終息の期待に反し、新軍部によるクーデターが発生しましたが、1980年5月14日より、ソウル市内は大規模学生デモ隊で埋め尽くされるようになり10万人がソウル駅広場に集合しました。これは‘ソウルの春’と呼ばれています。しかし、5月17日戒厳令宣布、政治活動すべて禁止されてしまいました。その後の韓国における民主化運動は学生運動と労働者とが一緒になり光州事件を経て韓国全土に広がっていったように記憶しています。
その時の学生であった彼ら1960年生まれの世代を「386世代」と呼ぶそうです。現在韓国映画界のニューウエーブの旗手達はその年代の人達だと思います。
‘ソウルの春’それはそれまではとても予想すら出来なかった状況でしたので、そのニュースを見た時、自分の夢を思い出して妙な感覚に陥ったことを強烈に記憶しています。

それから9年後ベルリンの壁が崩壊しました。そして、冷戦は終わり南北の置かれている状況も徐々に変化してきました。韓国の状況は現代では確かに大きく様変わりしました。

今考えても不思議な夢でした。  

Posted by kaze1 at 13:43Comments(1)TrackBack(0)
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