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2006年05月30日

日本映画の熱き師、今村昌平氏に捧ぐ・・・・安らかな眠りを

「神々の深き欲望」以来、あんにいちゃん、豚と軍艦、日本昆虫記、赤い殺意、エロ事師たち、と貴方の映画を観、その後も楢山節考、うなぎと貴方の映画にに出会い、映画とその運動の何たるかを少し学ばしてもらった貴方の死は、今日ニュースを聞いてすごい驚きでした。貴方が今村学校なるものを立ち上げ後輩の熱き指導に乗り出した時も、そこに参加する若き志を持つ人達に嫉妬したものです。一方に黒沢映画があるものの貴方の映画と貴方の死への今日の扱いは少しあまりにも小さすぎるのではと思いながら訃報を聞きました。黒沢映画とは違った日本の映画状況を貴方ならではの映画手法で日本の民族的土着とその状況を描き続け、海外でも高く評価されていたことに、僕は尊敬の念にやみません。貴方が育て上げた映画人と貴方の功績は今後も数多くの映画人に評価されていくものと私は思ってやみません。早すぎる貴方の死をお悔やみ申し上げます。
映画に生涯を捧げてきた貴方に・・・・黙祷  

Posted by kaze1 at 22:20Comments(0)TrackBack(0)

2006年05月28日

高取城散策

やっぱり僕のブログは続かなかった。二日で止まってしまった。
でも気を取り直して、また書いてみることにした。
今月の初め、高取城に歩いて登った。
何度目かの経験である。
しかし、今回は初めてのルートを歩いた。
壷阪山駅という近鉄の駅前から旧高取藩の城下町を通って山道を歩く。この辺は飛鳥時代には渡来人の豪族が住んでいて、薬などの大陸の技術を伝えた。その名残で今も薬の街として名高い。昔は富山と並んで売薬(配置薬)で有名な街であった。この地にある壺阪寺は、西国六番札所で長谷寺と共に古くから観音霊場として栄えた。また、目に御利益のある寺とされ、壷阪霊験記は「お里沢市」の物語としてあまりにも有名である。

          
城下町の地名に上土佐・下土佐という地名がある。大和王権の時代に土佐の地から移り住んだ為だと言われている。昔の町並みを残した旧街道を歩き、武家屋敷を見ながら道は少しずつ勾配をきつくしていく。

          
馬冷やし・阿波野青畝生家を通り過ぎ黒門跡から道は急な山道になっていく。
七曲りを過ぎて更に山道を登ると、やっと二ノ門跡にたどり着く、その手前には猿石が来城する人を見張るかのように静かにたたずんでいる。その場所が明日香から登ってくる道との合流点である。

       

ここを通り過ぎ更に息を切らしながら三百メートル程山道を登りやっと城跡にたどり着くのである。
城跡からは、大峰山脈や金剛・葛城山系から生駒山に囲まれた大和平野が一望できる。
絶景である。

                     

高取城へは、この道の他に吉野町へと繋がる道と大淀町へと繋がる道、壺阪寺へと繋がる道とがあり、正に自然の地形を利用して築城されたこの城の特徴を良く表している。
高取城は、日本の城百選に選ばれているらしい。だが、そこに城はない。
山城跡なのである。
城跡に到達するとこの城の大きさに改めて驚かされる。

        

明治の初めまであったその城は白亜の城壁を持ち「芙蓉城」と呼ばれ、
「たつみ高取雪かと見れば 雪じゃござらぬ土佐の城」言い伝えられていたらしい。

この高取城については、奈良テレビ6月3日(土)PM6:15でCG再現され放送されます。

城跡から壺阪寺へと降りる山道にある五百羅漢
                     

壺阪寺
      

     

Posted by kaze1 at 19:08Comments(2)TrackBack(0)
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