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2006年04月03日

風の便り4月3日号「又兵衛桜」

今年、奈良はどうして桜の開花が遅かったんだろう・・・
やっと土曜日になって桜が二分咲きになりました。
桜前線が南下してきたって感じです。(普通は北上なのに・・・)
どうやら次の週末が満開の様です。

昨日の創刊号の桜は、去年の4月8日に撮った写真です。夕方に携帯で撮った写真だからあまり画質は良くありません。又兵衛桜といって数年前NHKの大河ドラマのタイトルバックに使われていた桜です。http://www.geocities.jp/mikichan_ehime/matabee/matabee.htmlを見てみて下さい。場所などが判ると思います。
又兵衛というのは大阪冬の陣、夏の陣で活躍した豪傑、後藤又兵衛のことです。
ご当地の桜の傍には次の様な説明文が書かれています。


しかし、調べていて不思議なことに出くわしました。
「大阪夏の陣の初日、道明寺河原で伊達軍の銃弾に倒れ、その生涯を閉じた。」と説明しているものもあり、また「夏の陣直前の城外巡視に木村重成とともに先頭を進んだ。戦いが始まると大和口迎撃をごり押しして軍議は基次の策に決する。かくて基次は道明寺まで進撃したが、敵は既に大和を越えて2km先まで迫っており策は破れた。味方の後続部隊は居ない。自軍のみで敵中に入る。これを道明寺の戦い(前半戦、小松山の攻防)という。戦闘は寡勢の後藤勢が最終的に10倍近い兵力を誇る徳川軍を相手に善戦したが7~8時間粘った末に壊滅。自刃した。その死を知った者の中には、退却を断念して敵に突撃、戦死する者が続出したという。基次が配下に慕われていた証でもある。これらの活躍は真田信繁とともに細川忠興に「古今これなき大手柄」と絶賛され、古巣の福岡藩士の間でもその人気は続いたといわれる。それだけに生存説も幾らかあって墓も各地に点在するようである。」と説明するものまであります。いったいこの人物は、何処で息絶えたのやら・・・。

この後藤又兵衛なる人物の墓は、鳥取市・景福寺にあるとする資料もあります。http://www.hakaishi.jp/tomb/04-37.html
また、末裔だという人のHPまでありました。http://www.mms-net.com/samurai/index.html
上の写真の立て札に書かれたことと、又兵衛桜なるものはいったい何なのだと思いたくなってしまう内容なのです。
  

Posted by kaze1 at 10:30Comments(1)TrackBack(0)

2006年04月02日

風の便り 4月2日創刊号

 さて今流行のブログなるものを何を血迷ったか立ち上げてしまったものの何を書けばよいのやら・・・。
まあいいか・・・。
何せ「風来坊日記」などと肩で風切った様なタイトルを付けてしまったのだが、好き勝手に気ままに書き込んでいくことにしよう。

 元来三日坊主の小生にとって日記など不釣り合いであると思っていたので、新しい物好きではあるくせにブログにだけは手を出さなかった。
しかし、最近ネット友達のブログを毎日見に行っている内に、字数制限等々で自分の考えが書けない時があり、それじゃ自分もブログを立ち上げて、それで返事を返せばいいじゃないかという考えがふと頭をよぎったのである。

だからこのプログは、不特定多数の人に読んで頂くことを目的とする大半のブログとは違い、自分勝手で特定の人に読んでもらうことを目的としたい。

というものの公開される以上、読みたい人は好き勝手に読んでいただきたい。
。  

Posted by kaze1 at 11:00Comments(1)TrackBack(0)
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