フレンドファインダーフレンドファインダーブログ DomDom ドメイン 業界最安値を目指して!サービス開始!

2008年08月17日

もみじマーク

昨日、病院のリハビリに久しぶりに行った帰りの出来事。

駐車場から国道に出る際、
左から自転車に乗ったお年寄り。
車を停めて待っていたのですが、
僕の横で止まってなかなか通り過ぎてくれません。
それでお先に失礼したのですが・・・

何とその自転車のかごに
大きなもみじマークが

自転車にもみじマークつけないといけませんでしたっけface01  

Posted by kaze1 at 09:34Comments(0)TrackBack(0)

2008年08月16日

ハプニング

昨日、駅のホームで電車を待っていて、
外人さんを見て思いだした事がある。

3日ほど前に、鏡を見ると何故か髪の毛が真っ黄色になっていた。
「ええっ、嘘だろ」
慌てて鏡の中を覗いた。
やはり髪の毛は一本残らず黄色である。
おまけにショートカットになっていた。
それが結構違和感がない。
似合ってるではないかとさえ思えた。


最近良く夢を見る。
暑いせいで眠りが浅い為だろう。
確かそんな夢を見たなぁ・・・。
微かにそんな記憶が頭の中をよぎった。

ハプニング~icon21  


Posted by kaze1 at 12:11Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月23日

「ハンティング・パーティ」を観て

県下ではここだけでの上映と言うことで、movixのメンズディを利用して「ハンティング・パーティ 」を観てきた。
実在のジャーナリストが体験した実話を基に、命知らずな報道マンたちのきずなを描く社会派映画で、監督はエミー賞監督賞に輝いたリチャード・シェパード。再起を求める戦場リポーターをリチャード・ギア、彼とともに戦火をくぐった元戦場カメラマンを『クラッシュ』のテレンス・ハワードが演じ、実話ならではのリアリティーは、この映画を魅力あるものにしている。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争においてスレブレニツァで1995年7月約8000人のムスリム人がセルビア人勢力に民族浄化の名の下に無差別に殺害された。
紛争から5年、未だ危険地帯のある2000年のサラエボ。かつては花形戦場リポーターだったサイモン(リチャード・ギア)、彼とともに戦火をくぐったカメラマンのダック(テレンス・ハワード)、そして新米テレビプロデューサーのベン(ジェシー・アイゼンバーグ)は、国連にもCIAにも捕らえられない戦争犯罪人“フォックス”を追うことになる。サイモンはスレブレニツァで最愛の恋人とお腹の中の子供をセルビア人に虐殺されていた。かつてその現場を仕事で目撃した彼の人生は、それを期に大きく狂い始める。

この映画を観て忘れかけていた旧ユーゴスラビアの崩壊とボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の記憶が蘇ってきた。ソビエト連邦やベルリンの壁の崩壊後、東ヨーロッパは民族紛争と独立の動きが活発化した。その中でチトー死亡後に起こった旧ユーゴスラビアの崩壊は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争へと発展していく。当時、全世界に報道されたサラエボでの銃撃戦などの映像は衝撃的なものであった。冬季オリンピックの行われた街で繰り広げられた市街戦。
民族とは何かという問いを全世界に投げかけたと同時に、裏に見え隠れするアメリカの思惑。ヨーロッパ大陸の中で中世から繰り広げられてきた侵略と抑圧の歴史とEU諸国の思惑。崇高な理念は形骸化し、大国の手先にしか過ぎなくなってしまっている国連軍。
数々の問題を抱えながら結局、いつの時代に置いても戦いの犠牲になるのは、一般市民であり、戦争は憎しみの連鎖しか生み出さない。

 そして、その本質は常にその現場に身を置いる者でないと、裏に隠された真実は見えてこない。決してお茶の間のテレビで報道されるニュース番組の中に真実が見えている訳ではない。この映画は、そんなジャーナリズムのあり方を問題提起しているかに思えた。テレビカメラのフレームの中に収まらない真実、私達はその外側に隠れる真実を正しく読みとらなければいけないが、それはそんな簡単に可視的に存在するはずはない。私達自身が想像力を駆使して、その一部を読みとるしかすべはないのである。

今日もアメリカの正義の名の下に同じ様な民族対立は、イスラエルやイラクなど各地で繰り返されている  

Posted by kaze1 at 14:17Comments(0)TrackBack(0)映画

2008年05月16日

映画「光州5・18」を観て

木曜日はMOVIX のメンズデーなので千円で映画が観れます。それで、昨日はちょっと気分転換に、映画「光州5・18」を観て帰りました。
 この映画は、1980年5月18日に韓国・光州で起きた“光州事件”を家族思いの青年の姿を通して描くヒューマンドラマです。市民への大弾圧が行なわれた“光州の悲劇”を商業映画として初めて正面から取り上げ、10日間に及ぶ悪夢の惨劇の中に起こった、さまざまな人間愛を描いています。弟思いの純朴な兄に『殺人の追憶』のキム・サンギョン、軍の犠牲になる弟に『王の男』のイ・ジュンギ。多数の死者を出した韓国近代史の闇が物語る、愛と命のドラマでした。

映画を観ての感想は、以前僕が観た不思議な夢のことを日記に書きましたが、http://kazenotabibito.ff-j.com/e19899.html#comments“光州事件”が日本の学生運動と決定的に相違するのは、軍隊の保有国かどうか、軍事政権下にあるかどうかだと思いました。無防備な市民を銃でだまし討ちにするシーンや、罪もない学生をこん棒でめった打ちにするシーンなどは“光州事件”の私達が知らなかった残虐な一面を良く描いていたと思います。しかし、物語は何処へ派兵されるかも知らされずに空挺部隊が光州に投入される所から突然始まっており、何故その様な事態になったのかは映画ではハッキリ判りません。

同じ国民が対立した時、銃を向けあって殺し合う、到底日本では考えられない現実が軍事政権下では起こってしまうのだと思うと恐ろしくなってしまいます。しかし、当時光州で起こっていたのは紛れもない内戦であり、時の政府との真の民主化を勝ち取るために立ち上がった市民との命をかけた戦いだったと言うことです。六十年代後半の日本における学生運動で、韓国で起こった民主化運動のような本当に命を張った戦いはあったでしょうか。当時から思っていましたが、戦略的に稚拙な日本の学生運動の場合、当時彼らが主張していたような革命など起こせる訳はありませんでした。

事件が拡大した原因は、第一に、光州市が全斗煥の最大の政敵である金大中の出身地全羅南道の中心都市であったため、第二に、警察の過剰とも言われている鎮圧に対して抗争派市民が過激に反応して暴徒化し、政府の判断による陸軍部隊投入により抗争派市民を更に激発させ、武装蜂起を本格化させてしまったため、と考えられています。しかし、第二の原因については、政府側の責任というより抗争派自身による騒乱拡大工作があったためとする意見があり、更に、複数の北朝鮮の元軍人が、大隊規模の北朝鮮軍が秘かに潜入して光州事件の戦闘を拡大させていたとする証言もあります。当時の韓国国内では、全斗煥大統領による政府(第五共和国)が、マスコミなどの情報も全て統制していたため、光州事件の実態について国民に説明される事はありませんでした。

この様になかなか描けなかった“光州事件”を商業映画にした点は評価出来ますが、悲惨さや残虐性ばかりが前面に出てしまい何故“光州事件”が起こったのかと言う本質的な部分が語られておらず、そう描かざるをえなかったのかも知れない韓国のお国事情が見えてくる気がします。十日間にも渡るこの事件で2000人以上の市民が殺されたと言う話しもあります。また、原題の「華麗なる休暇」は、同事件で軍部が遂行した作戦名なのです。

最後まで立てこもって抵抗したのは、わずかな数の市民だったそうです。映画のラストで軍の総攻撃を受け彼らが死亡したころ、市民を指揮した元軍人の娘で主人公ミヌが思いを寄せる看護師のシネが寝静まった町中を街宣車で訴えて回る言葉だけが、何故か空しく心の中に残りました。

「光州市民の皆さん、どうか私たちを忘れないで下さい。忘れないで下さい」  

Posted by kaze1 at 14:35Comments(0)TrackBack(0)映画

2008年05月09日

「カップヌードル ミルクカレー」ってどんな味





「カップヌードル ミルクカレー」が5月19日(月)、全国一斉に新発売されます。
昨年11月に発売された「カップヌードル ミルクシーフードヌードル」は、もう食べましたか。
どちらもが都市伝説に基づき開発した商品だそうです。
インターネットなどで「カップヌードルカレーをホットミルクでつくると美味しい」という"噂"は、「シーフードヌードルをホットミルクでつくると美味しい」という"噂"よりも評判になって出来た商品だそうです。

今日発売に先立って、「カップヌードル カレー」を牛乳とお湯で作って食べてみましたが、そのまま食べるよりカレー味のスープが美味しくなってグゥ~icon21でした。

これの類似商品「ホワイトカレーヌードル」って言うのが、2006年12月20日に発売されて、セブン&アイ・ホールディングス傘下で売られていたらしいのですが知りませんでした。(写真下)

さらにさらに、皆さんは「カップヌードル」と「スープヌードル」が同じ日清食品から発売されているのをご存じでしたか?この違いを説明出来る方、コメお願いしますねface01  

Posted by kaze1 at 18:16Comments(6)TrackBack(0)食べ物

2008年05月09日

あなたは道明寺派それとも長明寺派

こどもの日(端午の節句)と言えばちまきに柏餅。
小さい頃は、家でちまきを作ってくれましたが、最近ちまきは食べないですね。確か菖蒲の葉で巻いて、い草の茎で縛っていたような・・・記憶が薄らいできています。京都ではちまきの中身は飴なんですよね。僕の家では、確か米粉で作った長さ10㎝位のおもちでした。形は男性のシンポルから来てるって祖母が言っていたのを覚えています。

話は変わるんですが、先日お友達とお話していて柏餅と桜餅どっちが好きって事になり、断然桜餅だって事になりました。でもその際、桜餅に関西版と関東版があることが判りました。
「一つは長命寺系桜餅(東京)。もう一つが道明寺系桜餅(大阪)だ。両者の違いは、あんを包む餅にある。練った小麦粉を銅板でクレープ風に薄く焼く長命寺系に比べ、道明寺系はもち米を乾燥させ、砕いた道明寺粉(昔、道明寺の僧が保存食として考案した)を蒸して餅を作る。食感も、もち米の粒々感が特徴の道明寺に対し、長命寺は薄く滑らかだ。道明寺粉にもいろいろ種類があって、大粒、中粒、細かびき、などなど、粒の大きさが違う。」知らなかった・・・。

詳しくはこちらをhttp://www.sueki.jp/01/01-0025.htm
でも断然、僕は道明寺が好きです。
さて、みなさんは道明寺派それとも長明寺派?  

Posted by kaze1 at 13:10Comments(0)TrackBack(0)食べ物

2008年05月03日

各地で報じられる地方自治体の財政危機

地方自治体の人口減少、それはとりもなおさず税収の減収なのである。
中央への人口集中、過疎地域の増加。これは現在の日本の止める事の出来ない現実である。人口の集中する都市は住民税の確保は出来るが、過疎地は財政難の現実を突きつけられる。
今、過去の無策な政策故に財政難に窮している地方自治体は多い。
バブル期の行け行けどんどんの地方の政策が過日の地方行政に、大きなツケを残している。現在自治を行っている首長は本当に頭を痛ましている。これらのことは国政でも一緒の構図であるが、地方においてはもっと地域住民に直接痛みをしいる結果になっている。
大阪府においても今日、泉佐野市の問題が報じられていたが、バブル期に関空建設に便乗して無計画な箱もの行政を行ってきたツケが、今表面化しているのである。この様な現象は今日本の各地で見られている。

住民や国民の利益を代弁すべき政治家が私腹を肥やす土壌を、我々が許してきたこと故に招いた現実であると言うことを、各々は心して受け止めるべきである。
政治家の悪行は、それを選んだ住民にあることをもっと自省すべきである。今のしかかってきた公共サービスの低下や公共料金の値上げ・地方税の増税は、今こそ過去に安易に選挙を行ったことのツケであることをもっと痛切に感じるべきである。国家や都道府県庁に文句や不平を言う前に、自分たちの選挙における投票行動のあり方を見直して欲しいものである。

財政健全化法を導入する以前に、会計処理自体のあり方や方法をきっちりと見直して改めるべきである。


【追記】
歳入以上に使わない。借入をともなう事業は先に特別な利益を生む事業や歳入計画の元に緊急にどうしてもやらなければ行けない事業に対す投資に限定する。こんな簡単な原則を何故守れないのかと思います。
一般企業の場合、資金使途と返済財源に経済的合理性がなければ、お金は貸してもらえません。
なのに国から貸してもらえるから借金でとりあえず作ってしまえと言う、安直な発想を地公体に植え付けたのは、実は国なのです。
今テレビでは「収支のバランスを大切に」と言うコマーシャルが何度と流れています。早く企業会計の手法を取り入れるべきなのです。  

Posted by kaze1 at 21:09Comments(0)TrackBack(0)政治

2008年04月30日

馬鹿なガソリン値上げの本質!!



【参照ページ】
https://www.jaf.or.jp/enquete/signature/200601sig_index.htm

以前にも書いたが、暫定税率なるもののごまかしにはウンザリする。
一体ガソリン税そのものが、何に使われているのかを根本的に考え直して欲しい。
まちづくり交付金やETC普及進行と称したETCのばらまき、市街地再開発、建物耐震改修費だけでも900億円も使われている(どうしてマスコミや野党はハッキリこの事を言わないのか疑問である)。それだけではなく先日来のTV報道のような道路財源の転用もある。

何が今の日本にとって優先されるのかを、国民はもっと主張すべきである。高齢化社会に突入しているにも拘わらず、医療や福祉が削られどうして道路が優先的に作られないといけないのか理解に苦しむ。
僻地医療に必要なのは道路ではなく、緊急的に一次的医療を受けられる医療施設ではないのか。東国原知事が言うような10分や20分の移送時間短縮の優先よりも、その事が優先されるべきである。道路建設は先送りされても、国保の不足や介護補助の不足は、決して先送り出来ないのである。
何故なら人の生活や命に関わるものであるからだ。

マスコミは、昨日からガソリンスタンドの混雑だけを躍起になって報道しているが、本来本質はガソリンスタンドにはない。
ガソリンスタンドは、暫定税率が停止した時に高い在庫を抱え込んだ分だけ損をしたのかも知れないが、今回もし暫定税率が元に戻されたなら安い在庫を多く抱え込んだガソリンスタンドは、それを高値で売れば2割以上の利益を生むことになるのではないのか。これって間違えていますか。
元売りの原油の便乗値上げだけは現に謹んで欲しいし、政府はカルテル違反が無いかきっちり監視して欲しい。
また、これを機に自動車取得税・保有税の見直しとガソリンに対する消費税全廃を訴えたい。
以前にも書いたように、自動車取得税・保有税は先進国の中では最も高いし、ガソリン税と消費税の二重課税は、ガソリン税の仕組みと税率を改定すべき問題なのである。  

Posted by kaze1 at 12:45Comments(0)TrackBack(0)政治

2008年04月22日

光母子殺人事件が投げかけたもの

主文後回しだから死刑が求刑されると思ってテレビを見ていたら、やはり死刑が求刑されました。
ここ数年に亘って争われているこの事件は、06年6月に最高裁が広島高裁の二審判決に対し「無期懲役の量刑は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」と原判決を破棄し、審理を広島高裁に差し戻していました。今日その判決が下されたのです。

光市事件の遺族である本村洋さん(32)は事件に遭うまで普通の市民でした。しかし、この事件後12年1月には「全国犯罪被害者の会(あすの会)」を立ち上げ、その後犯罪被害者のために世論や司法まで動かしえた彼の言動は非常に立派だと思います。

「加害者に死刑を科すことが私の目的のように報道されますけれども、それは違います。私は、刑罰とは手段だと思っています。目的は、安全で平和な社会を築くことです」「自らの死を突きつけられた恐怖が、内省を深めていく契機になると信じています。そこから真に反省した人間の言葉に、私たち社会が学ぶものがあると思っています」という彼の言葉は、今後の日本の司法制度のあり方を問い直す原点があると思いました。
2人以上殺さないと死刑にならないという判例主義と慣例主義から抜け出せずにいる、そんな司法判決のあり方で良いのでしょうか。
彼が言うように刑事事件におけるそれぞれの個別性を充分に審議した上でこそ刑罰は科されるべきで、その事件の内実を明らかにすることにより刑罰は再発の防止に寄与するべきです。

現在、日本の刑罰の極刑は死刑です。無期だと刑期が軽減されて出てきます。私は終身刑を設けるべきだと思います。経済効率(誤解を恐れずこの表現を使いましたが)から言えば死刑なんでしょうが、冤罪って言う場合は死刑だと取り返しがつかない事になります。
私は「死刑台のメロディ」や大島渚監督の「絞死刑」という映画を観た若い頃は、死刑は国家による殺人だと考える死刑廃止論者でした。その頃は、犯人の自由を奪い一生拘束する事がいいという終身刑が適法だという考えでした。でも今は違います。法が公正公平にさえ運用される成熟した法治国家であるなら死刑があってもいいと思うからです。人の生命を奪った人間は、その理由に情状酌量の余地が無ければ死を持って償うのは当然だと思います。それ位生命の意味は重いはずです。物欲・性欲など色んな自己の欲望を満たすために、人を殺めた者は社会復帰して欲しくないと思います。その事を思い知らせるに足りる刑は必要です。

光母子殺人事件の犯人は、明らかにその罪を死刑で償うべきだと思います。
被害者の心情を考えず主義主張をこの裁判に持ち込んだ安田好弘弁護士一派の弁護士団には強い憤りを覚える1人です  

Posted by kaze1 at 15:02Comments(2)TrackBack(0)社会

2008年04月21日

川瀬巴水という版画家

テレビを見ていて川瀬巴水という版画家知った。
この人の版画を一目見て私は好きになった。
特に後期の風景版画には魅了されてしまう。
彼の作品には、今は見られなくなった日本の原風景があり、言葉にはしにくい郷愁を感じさせる。
私は特に彼の描く夕暮れや夜の風景が好きで、それらの作品の中に使われている蒼色と紗をかけたような画質が好きだ。
広重や北斎の技法を確実に継承しつつ、彼の作品の持つその雰囲気は、そこはかとない静寂と旅情を感じさせる。また、光と陰のコントラストのある作品は、いつか見たような懐かしさをその風景の中に閉じこめている。
彼は1923年関東大震災で被災したため、それ以前の作品は版木がないそうだが 、その後のものについては版木が現存するため本物が2~3万で購入出来るらしい。

彼の作品は末尾のサイトで見ることが出来る。



<参考>
『川瀬巴水
1883年(明治16年)、東京の生まれ。
1918年(大正7年)、風景画家として世に出る。以後、数多くの木版画を発表。
1957年(昭和32)11月7日、没。享年74歳。
川瀬 巴水(かわせ はすい、1883年5月18日 - 1957年11月7日)は、大正・昭和期の版画家。

衰退した日本の浮世絵版画を復興すべく吉田博(1876-1950)らとともに新しい浮世絵版画である新版画を確立した人物として知られる。近代風景版画の第一人者であり、日本各地を旅行し旅先で写生した絵を原画とした版画作品を数多く発表、日本的な美しい風景を叙情豊かに表現し「旅情詩人」「旅の版画家」「昭和の広重」などと呼ばれる。アメリカの鑑定家ロバート・ミューラーの紹介によって欧米で広く知られ、国内よりもむしろ海外での評価が高く、浮世絵師葛飾北斎・歌川広重等と並び称される程の人気がある。
仮名垣魯文は伯父に当たる。』

http://www.hangasw.com/sinhanga/index.html
http://www.hanga.com/gallery.cfm?start=1&ID=2  

Posted by kaze1 at 18:22Comments(0)TrackBack(0)美術

2008年04月14日

ドキュメンタリー「ビッグダディ」を見て

先日奄美大島に住む子供が11人いて、離婚中なのに元奥さんが元夫の12人目の子供を今年7月に出産するという家族のドキュメンタリー「ビッグダディ」を見ました。この奇妙な関係の(説明するのに時間がかかるので省略)大家族の物語は、今までの大家族のドキュメンタリーとちょっと違っていたのでつい見入ってしまいました。
ちょっと奇妙な男と女の物語、しかも子供が11人とお腹に1人。
この番組を見たことがない人は、 一度このサイトを見てみて下さい。
なになにどうなってるのって思ってしまいますから・・・。
もう既に四回も放送されているみたいです。

http://blog.amaminchu.com/2007/01/post_135.html
http://www.tv-asahi.co.jp/bigdaddy/

僕が見たのは9日に放映された番組の再放送だったみたいです。そして途中から番組を見たし、途中からお風呂に入ったのでいまいち内容がうまく理解出来ませんでした。
その為、どうもこの2人の奇妙な関係が気になって仕方がありませんでした。好奇心というか、分からないことや理解出来ないことがあれば理由を知りたがるお節介な性格故でしょう。
この時、理解出来なかった点が幾つかあります。
1何故この2人が別れるようになったのか
2何故元妻は三つ子ちゃんとだけ住んでいるのか。他の子との違いは何なのか。
3何故この元妻だけが小綺麗なマンションに住んでいて、元夫は8人の子供達と田舎やの雑然とした一軒家に質素に暮らしているのか
4どうしてこの親子は奄美大島に岩手県から移住してきたのか

これらの謎を解くヒントが何処かにないかとネットを検索して見ました。それで見つけたのがこの2つのサイトです。
http://www.mudaijp.com/wp/?p=1034
http://okwave.jp/qa3376531.html

現実は小説よりも奇なりと言いいますが、こんな壮絶な人生が実際にあるんだと愕然としてしまいました。僕の疑問は、これらのサイトとりわけ「ビッグダディ」の主人公本人が書いたと思われる書込を読んで全て解けました。「ビッグダディ」の度量の深さに感心すると共に、この大家族の今後が気になって仕方がありません。この家族の子供達は今後どんな人生を歩んでいくのでしょう。 すごいドラマが隠されていました。
何故この「ビッグダディ」のことを書く気になったかというと、この男性のバイタリティと男気のある人間性に興味を持ったからなのです。
この家族を見つけてきたプロデューサーと、数年に亘って奄美大島でこのドキュメンタリーを撮り続けるスタッフってすごいと思います。

もし番組を見たことがなかったら一度番組サイトのダイジェストをみてみて下さい。  

Posted by kaze1 at 13:39Comments(2)TrackBack(0)社会

2008年04月09日

府立上方演芸資料館「ワッハ上方」の今後について

大阪府民ではありませんが提言させて頂きます。
府立上方演芸資料館のビルのオーナーは吉本興業であり、年間の賃貸料が2億8千万円と聞きます。この施設は吉本興業と結びつきの強い横山ノック(山田勇)元知事時代に開設されたもので、上方演芸の歴史を保存する意味はありますが、公費を使って保存する物ではないと思われます。本施設の利用率が9割以上と館長はPRしていますが、年間4億円以上もの公費が注ぎ込まれているにも拘わらず6千万円弱の収益しかなく吉本興業の為に設立されたようなものとしか思えません。開設当時の吉本興業と横山元知事との癒着がなかったのかどうかも検証に値すると思います。吉本興業との繋がりの深い民放はあまりこの件については触れたくないと思われます。現にここの運営は民間会社に委託されており、館長は民放よりの出向者です。
しかし、本施設処理については次の提案をさせて頂きます。
1演芸が大衆芸能ではあるがショービジネスであり、ここに展示されている展示物は、その興業主体が保存しても良いものであり、吉本興業や松竹芸能を核として協賛企業を募り運営すればいいと思います。
2その他フロアーは、演芸のためのホールであり、吉本興業が運営すればいい内容で、大阪府が委託してするようなものではなく廃止すべきでと思います。

大阪府民のみなさんはどう思われますか  

Posted by kaze1 at 19:02Comments(0)TrackBack(0)政治

2008年04月09日

大阪名物くいだおれの閉店





関西人なら誰もが知っている老舗「くいだおれ」が閉店する事になった。これもまたご時世なのだろうか、大阪の産業の疲弊を象徴するかのようである。道頓堀からあの大阪名物「くいだおれ太郎」はいなくなってしまうのだろうか。
私が父に連れられて初めてこのお店に行ったのは、小学校の低学年の頃だったと思う。それ故かれこれ45年位前の話になってしまう。当時はチンドン屋が時折街を練り歩き、サンドイッチマンが街角の至る所に立っていた。今は塀が出来てしまったえびす橋通称「引っかけ橋」から道頓堀川を見ると何艘もの木製の屋台船が接岸されており、それは飲み屋さんであった。当時その様な道頓堀の風景の中で機械仕掛けのチンドン屋の格好をした「くいだおれ太郎」の人形は、人目をひき何か目新しいものであった。当時の「くいだおれ」は、今で言うファミレス的存在で、メニューには何でもあった。何を食べたかははっきり覚えていないけど大阪に行くと何時でも頼んでもらっていたクリームソーダは注文してもらったように思う。

昨年、インターネットで検索していて偶々このお店を調べた事があった。あまりにも有名店ではあるが、このお店のメニューコンセプトに特徴が無かった。何でもある一階しか利用客がなく大阪人にはあまり利用客が無いのではと思って見ていた事を覚えている。それ故このお店の上層階の割烹は、空いていて穴場ではないかとも思ったように記憶する。もっと早くから店独自の特色を出した名物をつくっていればと思ってならない。
このお店の当時の名物はすき焼きだったというから驚きである。
誰かがこのお店を買い取って「くいだおれ太郎」とこのお店の名前を残して欲しいものである。


くいだおれとはこういうお店
四階http://www.cui-daore.co.jp/kappo.html
三階http://www.cui-daore.co.jp/wateisyoku.html
二階http://www.cui-daore.co.jp/izakaya.html
一階http://www.cui-daore.co.jp/restaurant.html

くいだおれ写真館
http://www.cui-daore.co.jp/top_hizou.html
くいだおれ総務部のブログ
http://cui-daore.sblo.jp/
ウラくいだおれ
http://www.ura-cuidaore.jp/  

Posted by kaze1 at 18:51Comments(0)TrackBack(0)社会

2008年02月02日

今医療現場で何が進行しているのか

一昨年末の診療報酬の見直し以後、一年間で1000以上の中小の病院が潰れたと聞きます。
診療報酬の見直しで長期入院患者の診療報酬が大幅に削減されたのです。
従ってベッド数の少ない中小医療機関は、比較的軽度の患者さんを退院させ、重度の患者さんの受入を増やさなければ経営が圧迫される結果に陥ってしまったのです。
正確に言いますと以前一律46万円であった入院に関する診療報酬は、現在は三段階に別れており、入院から25日を超えると診療報酬が以前に比べると10万円程少なくなります。それでは病院はやっていけないので健老施設を紹介し転院を勧めます。健老なら患者1人当たりに対する医者や看護士の人数が少なくてすむからです。ここは30万円の診療報酬なのですが採算が取れるのです。
老人に限らず25日過ぎると病院から追い出されてしまうのです。
寝たきりになっていたとしても治療そのものがあまり必要でなければ病院を替わる様に促されるのです。
これが医療保険制度の欠陥を補う為に官僚が考え出した制度補填の一部なのです。そこには患者さんに対する個別事情の考慮など無いのです。
今地域と密着しながら高齢者を抱えてきた町の病院は、その使命を大きく変換せざるを得なくなったのです。
またしても旧厚生省と政治の怠慢のツケが弱者のところに回ってきています。
1人で生活する病気のお年寄りは在宅介護を受けるしかないのですが、こちらも在宅介護に対する補助金の改訂で低所得者のお年寄りにとっては厳しい現実を突きつけられています。
この事の意味が身内に介護が必要な状況や家族が長期療養を経験した事のある方には良く分かると思います。
日本の政治は何処に向けられているのでしょうか・・・。
高速道路はそんなに早急には入りません。
今必要なのは生活する国民に向けられた高齢者福祉の目線です。
みなさんはどうお考えになりますか。  

Posted by kaze1 at 23:21Comments(0)TrackBack(0)政治

2008年01月28日

本質を欠いた道路特定財源についての議論

最近の原油高をもたらしているのは、石油市場を利用したファンドが理由であるのは周知の所であるが、それを中国などの発展途上国の急激な需要拡大のせいにしようとする原油高の本質を覆い隠そうとする発言には意図的なものを感じる。しかし、実際ここ数ヶ月前からの原油高によってもたらされたガソリンの高騰は確実に一般消費者である国民の生活に直接的にだけではなく、間接的にも重くのしかかってきている。直接的には公共交通機関を利用出来ない自動車ユーザーの家計を直撃し、暖房費の増大は特に寒冷地の家計を圧迫している。また間接的には輸送費の高騰は諸物価を引き上げ、また漁船の燃料代の上昇は水産分野においてもその従事者の生計を圧迫し、水産物の価格を引き上げる結果をもたらすこととなっている。今後、電気やガスに関しても料金の引き上げが予定されているらしい。
こう考えると公共交通機関が少なく、一次産業に携わることの多い地方が一番の犠牲となっているという格差の構図がまたしてもここでも見えてくる。
今になって今更のようにマスコミや国会を賑わしている「ガソリン税」であるが、原油高になって国民の生活を圧迫していることは紛れもない事実であるし、それを何とかしようとしない政治のあり方には怒りさえ覚える。
税とは国民の生活を豊かにするために使われてこそ、その本来の意味があるといえるし、またその義務を果たした納税者は、その使われ方を監視し提言する権利があるとも言える。それで道路特定財源の一部となっている「ガソリン税」について検証してみたい。

1.私達がガソリンに対して支払っている税金とは

私達がガソリンや軽油に支払っている税金は原油を輸入する段階で「原油関税」と「石油税」が課税され、製品段階で ガソリンには「ガソリン税」が、軽油には「軽油引取税」が課せられ、 さらに消費段階で「消費税」が課せられている。
ガソリン税を例にとって説明すると税率はガソリン1リットルあたり53.8円となっている。しかし、このガソリン税は1970年代のオイルショックを機に、暫定措置として「租税特別措置法」が成立、租税特別措置法89条2項により、揮発油1キロリットルにつき、揮発油税が48,600円となったもので、30年間以上延長されており、2008年3月31日をもって期限を失効する。
ガソリン税の内訳は1リットルあたり
揮発油税48.6円+地方道路税5.2円=53.8円 であり
上記暫定税率施行前は
揮発油税24.3円+地方道路税4.4円=28.7円であった。
最近よく耳にする暫定税率25円の軽減とはこれらの差額である。
(暫定税率25円の廃止後にガソリン税から減収される額は揮発油税△14,197億円+地方道路税△473億円と言うことになる。)
*最近自民党が言っている28,000億円は、その他の道路特定財源の暫定税率の削減分も含めての額であり、議論をごまかしている。
揮発油税・地方道路税のいずれもが「国税」で道路特定財源であり、販売量に対して一律に事業者に課税され、ガソリンの価格に左右されることなく課税されるが、消費者の負担に転化されていることには代わりがない。すなわち間接税である。
しかし、ここで気になるのは、「地方道路税」は地方税ではなく国税であり、地方道路譲与税として国が地方公共団体に配分する点である。タバコにかかる税金の一部が地方公共団体の財源となるのとは異なっており、その配分権限が国交省にあると言うことなのである。
また私達はガソリン税を支払っているのに更に消費税を支払っており、消費税の方はガソリン価格の高騰によって増税となり、ガソリン価格が仮に30円上がれば約25%の消費税の増収となる。しかし、消費税の増収金額に対する議論や報道がないのはどうしてだろう。
この様に私達はガソリン税を支払い、更に消費税も支払うという二重にガソリンの購入に対して納税していることになる。これは二重課税(タックス・オン・タックス)になるではないのか。
《参考》
「揮発油税」http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S32/S32HO055.html
「地方道路税」国税として「交付税及び譲与税配布金特別会計」に収納された後、その全額が地方道路譲与税として地方公共団体に配分される。根拠法は地方道路譲与税法


2.道路特定財源はガソリン税や暫定税率だけではない
 道路特定財源には次のような物がある。
・国
  揮発油税
  地方道路税
  石油ガス税
  自動車重量税 - 車検時にかかる税金
・地方
  軽油引取税
  自動車重量税
以上のように燃料にかかる税以外に「自動車重量税」や「自動車重量税」があることが分かる。更に「一般財源」から道路特定財源に約17,700億円が投入されている。
<国交省道路局データ>
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-funds/sp-funds/sp-funds00.html
上記1.で書いたように国交省道路局データに地方道路税 を地方税収に仕分けしているのは、必ずしも正しい表現であるとは言えない。理由は国税であり、その後地方に交付金として財源委譲されるからである。

ここで言える事は、「ガソリン税」の暫定税率を無くしても「道路特定財源」は無くならないと言うことである。従って政府が言うように道路が全く出来ないとか、通学路やガードレールの設置が出来ないとか、障害者用のスロープが出来ない、除雪費が無くなるという国民生活に支障をきたすと言った主張は、ごまかしであり誠実さに欠ける主張である。民主党は、この事をどうしてはっきりと反論した上で、「ガソリン税」の暫定税率のカットによる減収は、揮発油税△14,197億円+地方道路税△473億円であり、それを補うためには、無駄な歳出となっている道路建設費以外の使途の見直しや、一部道路建設の先送り、道路保守管理費の見直しなどの歳出削減案を出せないのかと歯がゆい限りである。

3.許されない骨抜きにされた道路建設計画に対する法律
小泉政権時代に道路事業の見直しがあれだけ議論され、その結果創り出された道路建設の縮小案が今や骨抜きにされている。
一般財源化をめぐる2006年11月 - 12月の攻防の中で2006年11月に塩崎恭久官房長官はいったんは「本丸」ともいえる揮発油税も含めた一般財源化を表明したが、その後、結局
道路整備費を上回る税収分を一般財源化する方針を明記し、2008年度の高速道路利用料金引き下げの原資への充当も検討項目に盛り込みつつ、「必要な道路はつくる」ことが確認されたため、一般財源化反対派も矛を収めた。
いつの間にかあれだけ世論を含め活発だった道路建設見直し議論が、鳴りを潜めた。道路族がどうして何も言わなくなったのかという理由が予算案を見て分かった。あの時決められた法案の実態は、現行の道路特定財源の改革を棚上げにして、現行財源の牌の中で道路族が「必要な道路はつくる」という復権を果たし、ご都合主義的に一部を一般財源化するという、実質的な骨抜き法案であったということだ。よくも国民をここまでごまかし、以前になされた改革案を後退させてしまったものである。
官僚はゼネコンとのかねてよりの関係を維持する事により天下り先を確保する、政治家は道路建設という公共事業を地元に誘導する事により支持基盤を堅めて利権を得る。
本質的な議論を変質させ、利権や官僚の既得権を維持させることによって政権を維持しようとする、政府自民党の相も変わらぬ国民生活の現状と将来を考えない体質を批判せざるを得ない。

4.幾つかの提案
①ガソリン税と石油ガス税を地方税とするか、徴収後その消費量に応じて地方に再配分し、自動車重量譲与税と自動車取得税を国税とする。
この変更後、平成19年度当初予算案ベースによる地方税収は次のようになる。
暫定税率廃止前 地方分 小計 39,489 億円  暫定税率廃止後 地方分 小計39,233億円
 今回の暫定税率廃止によって現行では地方財源に影響する減収額は、地方道路譲与税+軽油引取税で△5,992億円となるが、地方税に置き換えることによって、ほぼ同等の地方への配分となる。またその様に変更することによって、道路利用量に応じた地方への税収の配分は可能となる。

②自動車重量税・自動車重量譲与税・自動車取得税に対する暫定税率を存続維持し、道路特定財源を一般会計とする。
すなわち国の取り分となる自動車重量税 5,549億円 自動車重量譲与税 3,599億円 自動車取得税 4,855億円 貸付金償還等 814億円 を一般会計とするということである。
上記1による税収の置き換えで国分小計は
置き換え前 国分小計35,093 億円 置き換え後  国分 小計 15,020 億円 となる。
 以上のように2兆円減となるが、一般会計化する事により、まちづくり交付金やETC普及促進等にまで使途を拡大して道路建設以外に使用されている道路特定財源の資金使途を見直し、支出を抑制する事により無駄を省く必要がある。
最近になって政府が暫定税率の廃止に対する反対根拠として、国民生活に支障をきたすとしているが、平成18年度で 道路建設以外に使用されている金額は1,569億円もある。
詳しくは日本自動車連盟(JAF)のHPを参照されたい。
https://www.jaf.or.jp/enquete/signature/200601sig_index.htm
また、道路特定財源を特別会計から外すことによって、税収全体のバランスシートの中で道路建設のコストの見直しや建設計画を一部先送りにする事を再検討し、国家予算の支出の優先順位に基づき決定することが可能となると思われる。

5.政府説明の矛盾
①道路に関する財源は決してガソリン税の暫定税率を廃止することにより無くなるものではない。
②ガソリン税は国際比較から見ると高額負担ではないが、自動車の取得や保有にかかる税負担は国際比較の中では一番高額負担である。

6.本質を欠いた議論は不毛でしかない
地方と都市の格差拡大 ・一部大企業と中小企業の収益格差
この裏に潜む物は冨の分配構造の変化であり、それは税の徴収のあり方と税をどのように国民のため使うかと言うことを再構築しないと解決しないと思われる。
しかし、未だ政治はその事に対してグローバルなグランドデザインを示すことが出来ずにいる。継ぎ接ぎだらけの税制改革では、抜本的な問題が解決しないと思われる。これからの日本の将来と国民生活の現状を踏まえた根本的な税制改革が求められているにも拘わらず、あまりにも私達の国家は無策である。
税とは国民の生活と安全を守るために使われるものであり、その優先順位は、国民生活の現状を見据えたものではならない。受益者負担の原則を踏み外してはならないが、格差が拡大する国民生活の現状にあって、それはまず弱者救済のための公共的目的を実現するものでなくてはならない。身勝手な政治の暴走は、更なる国民生活の困窮を招く結果にしか成らない。最近次々と顕著になってくる税金の「国民生活のため」という本来の目的を逸脱した流用は、決して許されないものである。事の本質を私達はしっかり見据えたいものである。  

Posted by kaze1 at 04:34Comments(0)TrackBack(0)政治

2007年10月28日

許されない隠蔽体質

薬害肝炎、当時の不備認める
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007102700323

大阪での裁判の判決結果が出た後、和解の方向に動き出したら出てきた資料。
本当にどうして資料を入手時に公表しなかったのだろう。
それは何も厚労省の体質に限ったことではない。自らが認可したフィブリノゲンが薬害を引き起こしたとなれば、それを認めれば誰かが責任を取らなければいけなくなる。責任を取ることを極度に嫌うのがそもそも日本の官僚の体質である。その為都合の悪いことは隠してしまう。

しかし、事は人の生死に関係する内容であり、それを守る立場の省庁がこの体たらくである。いやこれは既に犯罪である。民間企業がミスや嘘を隠蔽すればどうなるのか。企業はその信用を失墜して潰れてしまう。
比内地鶏や赤福餅だってそうではないか。既に雪印だって不二家だってそうではなかったか。でもこの問題はそれらよりもっと深刻である。

薬害エイズの時以上に情報が開示されていれば、死なずにすみ病気をくい止められた人も多かっただけに、その罪は重い。どうしてこの資料を実務的に処理し隠蔽した人達を全て公表し責任を追及しないのだろうか。しかも、国の責任を問うて起こされた裁判に対してすら、この資料の存在を隠蔽していた。「不作為の行為」ではすまされない「不作為という作為」ではないか。

守るべき国民の生命より、自らの保身と天下りなどで関係が強かった製薬会社を守ることを優先させたと言うことが本音ではないだろうか。
更に真相を解明し糾弾されなければいけないと思います。
みなさんはどう思いますか。  

Posted by kaze1 at 19:01Comments(2)TrackBack(0)政治

2007年10月28日

知ってますか

自衛隊の中で隊員が洗面器を買わされる
その洗面器が2千円もする

洗面器だけじゃないのですよ
隊員の日常品や衣料品まで独占販売です
一体これって何なの
意外に知られていない業者との癒着構造
特定の業者だけが入っているわけですから
癒着はないという方がおかしいと思います


それに米軍に対する「思いやり予算」って知ってますか
いつまで思いやりなのよ
もうすぐ期限が来るらしいから
もうやめて国民に思いやりを示して欲しい
基礎年金部分が足りなくて消費税を引き上げるなんて言わずに
アメリカにノーって言って下さいね福田さん  

Posted by kaze1 at 17:56Comments(0)TrackBack(0)政治

2007年10月08日

へそパンって食べたことありますか 














昔、小学生の頃よく食べたパンが「へそパン・あんパン・メロンパン・イチゴジャムパン」
どれも牛乳と相性が良くて、牛乳飲みながら食べるのが最高でした。
この歳になってからは、あまり菓子パンは食べなくなりましたが、ふと懐かしくなる時があります。
年寄りのノスタルジアと言うやつなのかも知れませんね。
中でも長い間食べたことがなくて、最近ふと思い出したのが「へそパン」です。
なぜか数日前にふと思い出したのです。
みなさんは知っていますか?
凄く説明するのが難しいパンです。まず形は山型。
ちょっとおっぱい型で真ん中がはじけてます。
色はらくだ色ではじけたところがミルク色。
味はって言うとこれがとっても難しくてマドレーヌからミルク味を抜き取って重層の味が微かにするって・・・こんな事書いたら美味しそうじゃなくなる(^^;)
でもなぜか記憶に残る味なんです。
それにちょっとフワフワじゃない堅めの食感でした。
そう言えば「へそパン」って今でも売ってるんだろうか・・・。
凄く興味がわきました。
その明くる日、会社の同僚や先輩に「へそパンって知ってます・・」って聞いたんですが、みんな知りません。
なんでぇ~って思ってウチの奥さんに聞くと知っていました。ひとまずホッとして「売ってる?」って聞くと「偶に売ってる・・」との返答。昨日買ってきてくれ久しぶりに食べました。
でも商品名は「甘食」で昔食べたのよりずっとふわぁふわぁ感があって、ちょっと違うんだなぁッて感じですが味はそのままでした。
懐かしい少年の頃の味でした。。。  

Posted by kaze1 at 15:31Comments(1)TrackBack(0)食べ物

2007年10月08日

ある夢の出来事

歩喜人さんの日記を読ませて頂き思い出したことがありました。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=582841619&owner_id=6507406

随分以前のことです。1970年代の中頃だったかも知れません。
私はある夢を見ました。それは今でも鮮明に覚えているのです。

その夢というのは、大学のキャンパスを学生が逃げまどっているのです。その光景は丁度1960年代後半頃に見られた日本の大学のキャンパスにおける光景と酷似していました。でもヘルメットはかぶっていません。
何かに終われて逃げているのです。私もなぜかその中にいました。
そして逃げていく彼らのその先に機動隊がいたのです。それを見てここが何処であるのかを知りました。その格好が韓国の機動隊だったからです。そこは韓国のキャンパスだったのです。

私は夢から覚めた時、なぜこんな夢を見たんだろうとしばらく不思議な感覚に捕らわれたことを覚えています。その頃の韓国は、日本とは違って学生運動など起こることも考えられないような状況だったと記憶しています。一部には日本の新左翼の活動家が潜入していたというような話は耳にしたことがありますが、とても社会現象と成るような時代ではなかったように思います。当時の韓国は国家統制が厳しく、まだ南北の緊張もあり完全に軍事国家から脱却できずにいたように思います。 ですから余計にその夢は信じがたい出来事でしたし、日本では学生運動がもう既に下火になっていた頃でしたから僕が夢で見た理由も分かりませんでした。

それから数年して1979年10月26日 朴大統領暗殺後、1980年5月14日 軍事政治終息の期待に反し、新軍部によるクーデターが発生しましたが、1980年5月14日より、ソウル市内は大規模学生デモ隊で埋め尽くされるようになり10万人がソウル駅広場に集合しました。これは‘ソウルの春’と呼ばれています。しかし、5月17日戒厳令宣布、政治活動すべて禁止されてしまいました。その後の韓国における民主化運動は学生運動と労働者とが一緒になり光州事件を経て韓国全土に広がっていったように記憶しています。
その時の学生であった彼ら1960年生まれの世代を「386世代」と呼ぶそうです。現在韓国映画界のニューウエーブの旗手達はその年代の人達だと思います。
‘ソウルの春’それはそれまではとても予想すら出来なかった状況でしたので、そのニュースを見た時、自分の夢を思い出して妙な感覚に陥ったことを強烈に記憶しています。

それから9年後ベルリンの壁が崩壊しました。そして、冷戦は終わり南北の置かれている状況も徐々に変化してきました。韓国の状況は現代では確かに大きく様変わりしました。

今考えても不思議な夢でした。  

Posted by kaze1 at 13:43Comments(1)TrackBack(0)

2007年09月24日

私たちの望むものは

我が国が目指すべきは公平な福祉社会
しかし、この国の政治は弱者を切り捨て
先の見えない高齢化社会に向かっています
一体誰のための政治や行政かと思える
今日この頃・・・

因果応報、親の因果が子に報いといいますが
確実に戦後日本の倫理観の変化が世代を重ねるごとに
悪しき方向に増幅していっているように思えて仕方がありません
最近の凶悪な犯罪や家庭内殺人事件を見るにつけ、そう思ってしまいます。

犯人の年齢を見ているといくつかの共通点があるように思います。
1.団塊の世代(1947年から1949年までに生まれた世代)の子供世代(1968~1985年頃に生まれた世代)
2.団塊の世代の子供世代(第二次団塊の世代)の子供世代(1990年~)
共通点と言いましたが、それはこの2つの世代に該当する犯人ないしは、その犯人の親がバブル期にどの様な年齢であり、バブル期をどの様な生活環境で過ごしていたかということについてです。

高度成長期に育った第一次団塊の世代は、まだ彼らの全てが核家族の中で育ったのではなく、お爺さんやお祖母さん更には曾祖父・祖母と同居していました。鍵っ子というのが社会問題として取り上げられるほど、この頃共稼ぎ家庭はそう多くはありませんでした。ただ彼らの親達は自分たちが豊かになることを目指します。そして徐々に親元を離れ核家族化していきます。
その子どもで全共闘世代である彼ら団塊の世代は全ての価値観を問い返し、解体する事はしましたが新たな価値は創造できませんでした。社会に出て家庭を持つと多くが核家族化しニューファミリーと呼ばれる家庭環境を形成していきます。そうやって古くからの日本社会の価値の伝承は徐々に途切れていきます。学歴だけは重視するが自由放任を良しとする価値観の彼らは、子供達に何を教え伝えてきたのでしょう。ですから逆にこの頃話題になったのは、石原慎太郎の「スパルタ教育」という本だったように記憶しています。
団塊の世代が三十代にもうけた子供達は、多感な青春時代を正業につかなくてもバイト暮らしで暮らしていけるかに思えるバブル期の幻想の下で成長していきます。片や第二次団塊世代はバブル期の接待漬けと浮かれた社会の中で家庭を顧みず、その子供達は父親とあまり接する機会を持たずに育っていきます。

今書いたことは、当然この世代の全てだとは決して言いません。しかし、戦後の儲かれさえすればいいと言うお金ありきの大人社会の価値観が子供達に与えた影響と、核家族化がもたらした家族構成の変化による価値伝承の遮断が大きく日本社会の意識を変化させた事は事実だと思います。親の価値観は、彼らが作った家庭環境の下、変質しながらその子供達に伝えられます。そして、彼らの子供達によってまた子供達が作る家庭によって増幅し変質しながら伝えられていきます。
現代日本社会のモラルの崩壊とアノミーな現状は、こうした構造を断ち切らない限り増幅しながら今後も続いていくでしょう。それは決して安倍晋三のいう「美しい国」構想や戦後レジュームによっては修正されないでしょう。

古くから日本人が長年に亘って築き上げてきた価値の伝承は今や脆弱なものとなってしまっているように思います。古くからの日本人の価値観とは、維新以後戦前の修身教育によって作られたものを言うのではなく、仏教によって影響を受け何百年もの長い間において、この国の風土の中で築き上げられてきた高い精神性の文化であり、先達の作り上げた価値そのものだと思います。それらの精神を伝承するため形になったものが武道や書道・華道・茶道など「道」と呼ばれる日本古来の文化なのです。また日本人の精神は共生のために「道徳」によって支えられていたのです。

大人の社会が確実に未来を担う若者に反映されています
目先のことや私利私欲ばかりを優先する考えを
大人達が持ち続ける以上
日本の若者に未来はありませんね
私たちは「今の若者は・・・」と嘆く前に、「今の大人は」と自省すべきでしょう

愚行は繰り返され、善行は彼岸に追いやられているように思えるのは私だけでしょうか
「天網恢々、祖にして漏らさず」
結果はいつか現れるでしょう

日本人は、昔のように自らの道を持つべきですね

みなさんはどのように考えられますか  

Posted by kaze1 at 22:56Comments(0)TrackBack(0)
フレンドファインダー フレンドファインダーブログ